こんにちは!高野山のふもとで酒蔵を営んでいる、あつおです!
今回は江戸時代にかかれた資料から川上酒(かわかみさけ)はどのように伝わっていたのか紹介していきます。
紀北地域のお酒のことをまだ、ご存じない方はこちらの記事を先に読んでみてください!
高野山のふもとはお酒の一大産地だった!?その伝統を受継ぐ蔵元が語るかつらぎ町の酒造り
川上酒(かわかみさけ)とは何か?書物から読み解く和歌山のお酒
和歌山の北東部にあたる紀北(きほく)地域はお酒産地として知られ多くのお酒が造られました。
それを讃え紀州藩より川上酒と呼ばれ、江戸に大阪、和歌山市内と運ばれました。
その功績は和歌山の歴史を伝える紀伊続風土記(きいぞくふうどき)に紀伊名所図会(きいめいしょずかい)などで紹介されています。
では、なぜ川上酒が書き残されるようになったのか?また、どのように伝えられたのか紹介していきます!
紀伊続風土記(きいぞくふうどき)に書かれた川上酒(かわかみさけ)
紀州(和歌山県)の歴史文化を紹介する書物に紀伊続風土記があります。
こちらは江戸時代に紀州藩が作成した当時の文化を伝える代表の書物で、その中の一説に川上酒が紹介されています。
各郡皆醸す。中にも伊都郡諸村にて醸するもの上品とす是を府下にて川上酒と称す
紀伊続風土記 巻之九十七より引用
こちらの内容を簡単に説明すると
和歌山の各地域でお酒は造られています。
なかでも伊都郡(いとぐん)の村々で造られるお酒は上等のモノです。
これを紀州(和歌山)で川上酒と名付けます。
となります。
他にも紀伊名所図会(きいめいしょずかい)や和歌山県酒造史などの書物にも川上酒は紹介されています。
江戸時代における上品。書き残される意味
品質のよいこと。また、高級品。「上品だけを扱う老舗」⇔下品。
コトバンク デジタル大辞泉「上品」の解説 より引用
上品という言葉を調べると
- 品質のよいこと
- 高級品
などがあります。
当時より和歌山の全域でお酒は造られ、その中で一番の産地は和歌山市内になります。
一方でそのあとに生まれたのが川上酒となるので、なぜ全国的に知られるようになったのか?理由の1つとして上品という言葉が考えられます。
川上酒の他には何かあったの?川上木綿(かわかみもめん)と川上船(かわかみふね)
書物に載る川上酒(かわかみさけ)。ほかには川上という言葉がついたモノはなかったのか?
- 川上木綿(かわかみもめん)
- 川上船(かわかみふね)
などがあります。
川上木綿とは川上酒と同様に紀北地域で発達した工業で現在も高野口町で独自の進化を遂げ、地域の産業として発展しています。
川上船は紀州廻船(きしゅうまわりぶね)とよばれ、江戸時代頃より物の海運として栄えました。
和歌山市内から塩などを積んだ川上船は橋本まで行き塩を下ろし、市内に戻る道中で川上酒や川上木綿を積み江戸や大阪へ運ばれていたことでしょう。
【結論】書物にも載る川上の文化はすごかった!!
和歌山の一地域である紀北、川上。
お米の産地として栄え、木綿にお酒などの産物が産まれ、現在はお米に果物の生産地として知られています。
紀北のお酒は川上酒(かわかみさけ)だけ?地域にまつわるお酒の物語
紀北で造られたお酒を川上酒とよばれた。それ以外に地域にまつわる話はないのか?
- 高野山にまつわるお話
- 九度山の盛り上げるために地元住民が造ったお酒とそれにまつわるお話
- 川上酒を代表する銘柄と物語
ほかにも上のようなお話があります。
今回は高野山にまつわるお話を中心に紹介していきます。
般若湯(はんにゃとう)に爪剝ぎ酒(つまはぎさけ)?高野山とお酒
日本を代表する宗派、真言宗。
空海(くうかい)が高野山で伝えた仏教の教えで本来、お酒は飲んではいけないと定められています。
しかし、冬になると雪がつもる寒い地域ということからお酒を飲んだというお話が般若湯(はんにゃとう)という言葉に隠されています。
また、高野山で起こった空海と空海の母とのつながりを紡いだ爪剝き酒(つめはぎさけ)があります。
こちらを順に紹介していきます。