こんにちは!高野山のふもとで酒蔵を営んでいるあつおです。
今回は紀北地域の歴史、中編について紹介していきます。
かつらぎ町や和歌山県紀北地域のお酒のことを知らない方はこちらの記事を先に読んでみてください。
Contents
僧坊酒の発展!室町時代のお酒造り
平安時代に起きた職人の移動により民間での酒造りが始まりました。
その中で有名だったのが僧坊酒(そうぼうしゅ)で奈良県の菩提泉(ぼだいせん)に大阪(河内長野)の天野酒(あまのさけ)など全国で知られる銘酒が生まれていきます。
今回は紀北地域に直接的な関わりがありませんが、高野山にゆかりある天野酒を中心に紹介します。
僧坊酒とは何か?お寺で造られるお酒の話
寺院における酒造りは、中世の神仏習合時代、寺院の境内にあった鎮守社に捧げる神酒造りが始まったと考えれている。当初は自家用、贈答用が中心であり、商業的規模で酒造りを行うようになったのは15世紀半ば(室町時代の初め頃)以降であった。酒造りを行ったのは、主に近畿地方の大寺院で、これらの酒は総称して「僧坊酒」と呼ばれ、非常に高く評価された。
「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り」 調査報告 国税庁 から引用
僧坊酒とはお寺で造られたお酒の名称で主に近畿地方で行われました。
始まりは奈良時代ごろと言われ、神仏習合(しんぶつしゅうごう)が関係してきます。
お坊さんが神社に代わってお酒や様々な役割を助ける。
この仕組みは丹生都比売神社にも残っていて、毎年、高野山のお坊さんが高野山から降りてきて念仏を唱えています。
金剛寺と天野酒
この僧坊酒で有名になったモノの一つに天野酒があります。
天野酒とは高野山で信仰されている真言宗の流れをくむ金剛寺(こんごうでら)でつくられ、味わいは超濃厚甘口で日本酒度はー96になります。
天野酒公式オンラインストアを参照
http://store.amanosake.com/products/detail/30
室町時代の京都では菩提酒、博多の練貫酒(ねりぬきさけ)と共に名酒として知られ天皇や貴族に贈られました。
その後、人気を博し「秀吉の愛する酒」と呼ばれるようになっていきます。
天野酒はどのようにして広まっていったのか?
天野酒を広めたのは平安から室町時代に活躍した畠山氏(はたけやまし)です。
始まりは永享4年(1432)に入江殿から後祟光上皇(ごすこうじょうこう)への献進で、紀伊に河内、越中と治めていた畠山氏は天皇や朝廷、貴族へ献進し京都で名声を博します。
そこから京都や周辺の地域でも知られるようになり、更なる発展へと続きます。
こうして、天野酒は有名になっていった!!
大阪の河内長野にある金剛寺(こんごうじ)で造られた天野酒。
河内を治める畠山氏により国の有力者へ贈られ京都をはじめ地方にも知られる銘酒となります。
その後、京都やその周辺で造られる地酒(じざけ)とは違う名酒として名声を博します。
一方で天野酒の発展にはお寺周辺に田畑が少なかったことが関係しているとも言われています。
様々なことが重なって発展していった天野酒、全盛期はその後の安土桃山時代に起こります。
天野酒の繁栄。安土桃山時代のお酒の歴史
応仁の乱が起こり、全国各地に争いが広がっていった安土桃山時代、またの名を戦国時代。
全国で起こった争いは紀北地域や大阪南部にも多くの影響をあたえました。
一方で争いにより物流が発展し現在の地酒と呼ばれる地方で造られるお酒も増えていきました。
天野酒も名声を得ていたことにより織田信長が呑み、豊臣秀吉の時代ではもっとも愛されたお酒になっていきます。
戦国時代のお酒造りの現状
応仁の乱により幕府や朝廷など国の権力者の力が衰えていきます。
一方で地方では京の都から田舎酒と呼ばれた現在の地酒にあたる各地域のお酒も造られるようになっていきます。
また、戦国時代では信長による比叡山の焼き討ちなどお寺が攻められることによりお寺の権力は衰退しました。
金剛寺では南北朝の時代が終わり南朝への負担がなくなることにより、米や木材に炭といった産物に加え天野酒の影響で寺の経済を潤しました。
信長、秀吉と呑まれ有名になった天野酒
戦国時代より全国に名を博した天野酒は堺の経済発展の影響も受け、更なる発展を遂げていきます。
信長に始まり秀吉と天下人や大名に天野酒は贈られ庇護を受け、その繁栄は幕末まで続きました。
その中でも秀吉の時代では度々名前が出ておりとても愛されていました。
一説では醍醐の花見(だいごのはなみ)でも振舞われた天野酒。
秀吉が愛飲していたことを伝える朱印状(しゅいんじょう)が金剛寺に保管されているそうです。
天野酒を現在も引き継ぐ酒蔵、西條合資会社
現在もこの天野酒を引き継いでいるのが西條合資会社です。
1971年より天野酒を復活させ、現在も当時の味わいを再現されています。
まとめ
今回は室町から安土桃山時代に隆盛を誇った天野酒について紹介していきました。
紀北地域には直接的な関係がありませんが、真言宗の中で一番有名なお酒としてまた、大阪の南部という高野山に近い立地ということで解説していきました。
次回は後編ということで江戸時代に生まれた紀北地域の酒文化、川上酒について紹介していきます。
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